安寿の本棚

□ 陵辱涙 猫科の愛玩動物 (完結) □

4 胸に十字を



陵辱涙4 表紙

第四章 胸に十字を




(あいつ……どうしてヤらなかったんだろう)
 まるで外国の映画にでも出てきそうな白い浴槽。そこに溜まっていく湯をぼんやりと見つめて、義也はそのことを考えていた。
 まだ浴槽の半分も溜まってはいなかったが、蛇口をひねって湯を止める。全身を浸すにはまだ少ないようにも感じられた。だがこんな浴槽を使ったことはないから勝手が分からない。寝室の片隅に置かれた浴槽から湯を溢れさせるわけにはいかなかった。入ってから足し湯をするほうがよさそうだ。
 それに、いつまでも裸のままでいるのは落ち着かない。
『疲れているだろう。風呂を使って、今日はゆっくり休むといい』
 そう言って、神代は義也をこの寝室に案内した。
 義也が一糸まとわぬ姿であることなど、気づいてもいないという態度。義也の下腹で昂ぶっている牡にも、見向きもしなかった。
(金で男を買うようなヤツだから、すぐにでもヤりたがるかと思ってたのに……)
 出鼻を挫かれたような心地だった。
 奇妙な椅子が置かれていた部屋のさらに奥が、義也のための寝室だった。いや……“神代の猫”のための寝室と言うべきだろうか?
 連れてこられた若い男を、神代がどのくらいの期間この家に置くのかは分からない。だがこの寝室を見る限り、身ひとつで連れてこられた者が、不自由なく生活できるだけの準備は整えられているようだ。
 ただっぴろい空間に奇妙な椅子が並べられたあの部屋とは、まったく違う印象。寝室はこじんまりとしていたが、きちんとメイクされたベッドがあり、たんすと、小さなライティングデスクもある。
 ベッドの上には薄手の白いガウンが、これを着ろ、と命じるように広げられていた。ライトに照らされて、ごく淡い水色の光沢を放っているようにも見える生地。気取り屋の神代の趣味からするとシルクかもしれない。
 部屋の一角には満足に視線を遮ることもできない衝立て一枚を隔てて浴槽と便器が並んでいて、この部屋の特殊さを物語っている。だが、それにさえ目をつぶれば、洒落たホテルの一室とも見えなくはない。
 性の奉仕をさせるための若い男を飼う部屋としては上等な部類だろう。少なくとも義也がこの半月のあいだ転がされていたヤクザの事務所の床とは雲泥の差だ。ここには義也をつなぐための鎖はなく、監視のための男たちの姿もない。部屋は一階で、小さいが窓もあった。義也なら抜け出すこともできそうなサイズだ。窓には鉄格子のようなものさえない。
『俺が逃げるかも……とか、心配じゃないの? あんた、あいつらに大金払って俺を買ったんだろ?』
 出て行こうとする神代の背に向けて、義也も思わずそう声をかけてしまったほどだ。
『きみは逃げないよ』
 そのときも、神代の声は穏やかなままだった。
『どうしてそんなこと分かるんだよ。俺が好きこのんでこんなところに来たと思ってんのか?』
『堪えられずに逃げ出すような子は、いずれにしろ役には立たない。それに……逃げて、どこかに行くあてのあるようなヤツはね、そもそもこんなところには辿りつかないんだよ』
 穏やかな口調。表情にも、笑みと呼べそうなものが浮かんでいた。だが神代がそう言い放ったとき、義也は胸を抉られるような衝撃を感じていた。
 決して消えることのない烙印を刻まれた気分だった。

(まず体を洗わせて、それからって思っているのか? だから……ヤらなかった?)
 何を考えていても、そこにもどってきてしまう。神代の言動のひとつひとつが、不安を掻き立てるせいだ。
 あんな椅子に男を縛り付けて愉しむような相手と、性の関係を望んでいるわけではない。だが、そうしろと言われれば、義也は大した抵抗などせずにそれを受け入れていただろう。
 神代のような男なら、ストレートに性の行為を要求されるほうが、まだ安心できる。
(俺が、気に入らなかったのかな。だから……?)
 神代はビデオを見たと言っていたが、義也とは顔を合わせることさえなくこの家に連れてこさせたのだ。希望通りの品でなかったとしても不思議ではない。
(ビデオ見たときにはいいと思ったけど、実物を見たら大したことないって思ったのかもな。そうじゃなかったら、俺があの椅子にちゃんと座らなかったのが勘に触ったとか……?)
 表情の読み取りにくい神代からは、その答えを得ることはできなかった。
(あいつがもし、気に入らないからこんなヤツいらないって言い出したら、俺……どうなる……?)
 神代が義也を放り出せば、そのときはまたあのヤクザの事務所に戻されるのかもしれない。
 そう考えると、体が震えた。
(厭だ……そんなの、厭だ)
 一瞬、あの男の顔が脳裏を過ぎった。
 佐竹。
 その名前を知って、腹の底にどろどろと渦巻いていた憎しみや怒りが、はっきりとした形を持ったような気がする。そして恐怖感も、その状況に直面していたときより明確な……肌を内側から擦りむくようなざらつく感触として実感できた。
 あの男に殴られる痛み、貫かれるときの息の詰まるような苦しさ。そのひとつひとつが鮮明に蘇ってくるのを感じる。無様に泣き喚く自分の声。それを見下ろして、欲望に歪んでいた佐竹の顔も。
(厭だ。厭だ、厭だ! あんなヤツのところへもどるなんて、もう二度と御免だ。……絶対に厭だ)
 その怖さを振り捨てたくて、義也は浴槽の湯に体を滑り込ませた。
「……ぁ、痛っ」
 どこもかしこも傷だらけだったから、熱い湯がぴりぴりと肌に染みる。
 だが同時に、強ばって凍えていた体がその熱にほぐされるのも感じていた。
 それが、心地良い。
 ちゃんと風呂に入るのも、久しぶりだった。
 ヤクザの事務所では、早くしろと急き立てられながらぬるいシャワーで体を洗っただけだ。
 シャワーのときには、いつも同じ男が付き添った。
 他の連中のお愉しみのために義也の体の奥を洗浄するのがその男の役目だった。他の男たちのように義也を抱こうとはせず、その屈辱的な姿を眺めながらしゃぶらせることを好んだ男。達するときには決まって義也の顔や髪を汚して、狂人のような奇声を上げた。義也が佐竹の次に殺してやりたいと思うのは、その男だ。
『おまえ、口だけでもイクんだな』
 その声が耳の奥に蘇った。
 あの狂人のような男に、狂人を蔑む目で見下ろされているのだと気づいたのはあのときだ。
『勃ちもしねえくせに、体中の孔にぶっといのを突っ込まれたくてたまらねえって顔しやがって。どうっしようもなくエロいガキだぜ、まったく。そんなに--をしゃぶるのが好きか?』
 せせら笑う男を、義也は呆然と見上げた。
 何を言われているのか分からなかった。男たちはなぜ揃いも揃って見当違いの指摘をするのかと苛立ってさえいたのだ。
(イッてなんか、ねえよ! おまえの汚ねえ――なんか、好きなわけないだろっ! 畜生……っ!)
 今は、そう叫びたい。
 その言葉を、侮蔑を込めて叩きつけてやりたくてたまらなかった。あの男たち全員に。そして、佐竹に。
 掬い上げた湯を頭からかぶる。何度も何度もそれを繰り返して、肌に染み付いた汚れごと、すべての記憶を洗い流してしまいたかった。

「あ……あんなこと、好きなわけねえよ……っ!」
 自分自身に言い聞かせるように、そうぽつりと口に出してつぶやく。
 体の奥にわだかまっている熱っぽい疼き。それがいくら否定しても沸き上がってきて、どうしても押しとどめることができない。
 男たちに容赦なく小突き回されていたときには、こんな疼きなど感じていなかったはずだ。だがそんなこと、今となっては自分でも白々しい言い訳のようだった。
 ただそれを意識する余裕もなかっただけだ。
 そう思えてくる。
(たった半月で……俺、変わっちゃったのかも……)
 性の行為を強いられることに快楽を見出す。いつのまにか、そんな淫らな存在に堕ちてしまったのかもしれない。ひょっとすると、あと二、三日あの事務所にとどめ置かれていたら、佐竹が望んだ媚態を見せるようになっていたのだろうか?
(でも……本当はもっとずっと以前から……そうだったんじゃ、ないのかよ)
 自嘲するように、そうも思った。
 佐竹と出会ったことなどきっかけに過ぎず、そう生まれついているのかもしれない。もともと義也は神代の言う“愛玩動物”のように、男に飼われて、玩具にされることを望む、そんな存在だったのかも……。
(だから、いつも男たちの目を引いた……?)
 思い当たることはいくつもある。
 義也は実際の行為がどんなものかも満足に知らぬころから、漠然と男に抱かれたいと夢想していた。あのころから、心の底では……あんな辱めを受けることを望んでいたのかもしれない。
(違う……!)
 いくらそう否定しても、否定しきれない。
 ヤクザの事務所に連れていかれる以前の自分がどんなだったかなんて、もう遠すぎて思い出せなかった。
 確かなのは、喉や後孔に、まだ男たちの剛直を咥えこんだままでいるような圧迫感が残っていることだ。今は痛みも苦痛もさほど強くは感じない。ただじんじんと、痺れるような鈍い疼きがこびりついているだけだ。まるで、その場所を、いきり立った牡で突きあげられたいと望んでいるように……。
 舌も耳朶も瞼も、乳首も、臍も……。男たちが気に入って弄った場所、舐めまわした場所のすべてが、餓えている。無理矢理教え込まれた刺激を、堪らなく欲しがっているのだ。そして同じ刺激を、昂ぶったままの牡や後孔までが求めている。
(畜生、畜生……っ!)
 ばしゃっと湯を跳ねさせて、義也は自らの牡を掴んだ。
 あれほど厭だったのに、解放されてほんの数時間で浅ましく性の刺激を求めている自分の体が呪わしかった。
 そして自らの昂ぶりを扱きながら、笑いたくなった。
 自慰をするのも半月ぶりだが、男たちに小突き回されながら手で奉仕することは教え込まれた。牡に触れる手つきも、以前とはまるで違っている。もはやぎこちなさはどこにもなく、牡に触れることに馴染んだ男娼の手つきそのものだ。
 それなのに、まるでイイとは思えない。
 家にいたときも、義也はよく風呂場で自慰をした。男に抱かれることを想像しながら何度か擦るだけで、あっけなく果てることが常だったのに……。
 辛抱強い方ではなかったのだろう。だが誰の目もなかったし、早いと恥じる必要もなかった。
 今日だって同じはずだ。それなのに……。
(なんで……イケねえんだよ、くそっ!)
 義也は勢いに任せて立ち上がり、浴槽を出た。ずぶ濡れのまま、あの椅子のある部屋へ続くドアを開ける。
 もう天井の明かりは消されていて、フットライトがぼんやりと足元を照らしているだけだった。
 部屋のどこかにまだあの猫がいるのだろう。小さく鳴き声が聞こえた。
 義也はゆっくりと椅子のほうへ歩み寄った。
 体からも髪からもぼたぼたと水滴が垂れているが、そんなことには構っていられなかった。
 椅子の傍のテーブルに投げ出されている何枚もの写真。そのうちの一枚を手に取る。
 ピアスを施した男の乳首。
 そこに、答えを見つけ出したような気がした。




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Date:2011/03/29
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UserTag: BL小説  18禁  須藤安寿 
Thema:自作BL連載小説
Janre:小説・文学

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