安寿の本棚

□ 陵辱涙 猫科の愛玩動物 (完結) □

5 金の雨




陵辱涙5 表紙

第五章 金の雨




 無数の鋭利な煌きを見ている気分だった。絶え間なく天空から降り注いで、肌を叩く雨のような疼痛。自らの体にピアスを施していく義也の指先は、その痛みにがくがくと震えていた。
 最初に針を突き立てたのは左の乳首だった。
 無造作に投げ出されていたモノクロ写真のピアスと同じ部位だ。
 まだ血の滲むピアスホールに金のバーベルをねじ込んだ瞬間、体の奥底から得体のしれない塊がせり上がってきて、喉を切り裂くように吐き出された。ぞっとするほど冷たくて、どす黒く、いくつもの鋭利な刺に覆われたもの。続いて鼓膜を不快に震わせる、濁った音が襲いかかってくる。
 即座には、それが自分の悲鳴だとは分からなかった。
 理解したのは勝手に体が跳ね上がって、顔から板張りの床に叩きつけられてからだ。そのさなかに、まるっきり意識しないまま射精していた。
 部屋の隅にいた猫が、全身の毛を逆立てて義也を威嚇している。
 猫の目から見ても明らかなほど、異常な姿なのだ。それを苦く自覚する。
「ふ……ふふ……ふは……っ」
 だが、笑い声と泣き声が奇妙に入り交じった声が抑えられない。
 猫はすっかり怯えているようだった。
 さっと身を翻して、並べられたいくつもの椅子の陰に隠れてしまう。
 そこから先は、どこにどんな順番でピアスホールをうがったのか、義也本人も覚えてはいない。
 ……ただ、夢中だった。
 それが佐竹の手や、欲望の猛りに触れられた記憶を消し去るたったひとつの方法なのだと思えた。その思いに急き立てられるように手当たり次第に針を突き立て続けたのだ。
 性的に鋭敏な部位を針が貫く痛み。
 そしてその疵痕をえぐるピアスの冷たさ。繰り返すうちに、染み付いて離れない佐竹の欲望の肌触りが拭い去られていくような気がした。
(俺はあんなこと、望んでなんかいなかった。これからだって、望んだりしない。ただあいつらに……あいつに逆らえなかっただけだ……っ!)
 怒号と暴力に彩られたあの狂気のような性の行為。治癒しかかった傷がむず痒く疼くように蘇ってくるその光景のすべてを、否定したい。
「……」
 手が止まったのは、自らの牡を掴んだ時だった。
 まるで下腹の茂みに逃げこもうとでもしているように、今は項垂れている。解き放ったばかりの精が、牡ばかりか義也の内腿にも散っていた。
 室内をうす明るく照らす常夜灯の光が、肌を汚すぬめりに反射している。
『勃つのは乳首だけか、カワイコちゃん?』
 嘲笑う佐竹の声が耳の奥に低く蘇ってくる。
 縮こまって項垂れたままの牡を弄ばれ、おまえは役立たずな道具を切り落として牝の代用品になるのがお似合いだと言い放たれたあの屈辱と恐怖に、再び引き裂かれそうだった。
 一番否定したいのは、その記憶だ。
 そう思っているのに手にしたピアッサーをそこにあてがうことはできない。その部位を貫いたときに感じるであろう痛みが、たまらなくこわい。
 ふわり……と、撫でるように何かが義也の髪に触れたのはその時だった。
「いけない子だね。勝手にピアスをつけたり、体を汚したり……」
 その声に、義也は思わず息を飲んだ。びくり……と、大きく手が震えてピアッサーを取り落とす。
 いつからそこにいたのか分からないが、すぐ間近に神代が立っていた。
 じっと義也を見下ろしている。
 呼吸さえ感じとることのできない静けさ。
 部屋の隅のどこか……淫らな椅子の陰で身を潜めている猫のほうが、よほど存在感を感じさせた。
 神代の声は決して大きくはなかったし、荒々しいわけでも、苛立ちが込められているのでもない。その表情も険しさを見出すことはできなかった。
 それなのに義也は、佐竹に殴られたときよりも強い怒りを感じ取っていた。

「こっちへおいで」
 そう囁いて、神代は義也に立ち上がるよう促した。
 裸の肩を指先が撫でる。
 その熱に、びくり……と、体が震えた。
 風呂上りでずぶ濡れだった肌は、もうほとんど乾いていた。だが、その水気に熱を奪われて体は冷えきってしまっている。そのことを義也はまるで自覚してはいなかった。神代に触れられて初めて、凍えてぬくもりを求めている自分に気づいたのだ。
「私がつけてあげるつもりだったんだよ。ひとつずつ、きみの表情をゆっくり眺めながら……」
 穏やかな言葉のどこかに、棘がある。まるで愉しみを奪われた、とでも言いたげだ。
「ご……ごめん。……ごめんなさい。まだアイツに……あの佐竹ってヤツに触られているみたいな気がするんだ。だから……」
 そう答えて、義也はおずおずと立ち上がった。
「愛撫の代わりにピアスか。可愛いね、きみは」
 神代がくすっと笑いをもらす。
 視線が注がれていると分かっていても、義也には神代を見つめ返すことなどできなかった。
 神代の手が肌を撫でるように義也の肩から滑り降りて、二の腕を掴む。義也はその手の動きを、じっと見下ろしていた。決して粗暴ではないのに、神代の手のひらには有無を言わさぬ圧倒的な力の存在が感じられる。
 神代は、例えば佐竹がそうであったような威圧的な体格ではなかった。顔つきの印象も柔和で、端正ともいえそうなものだ。
 だがその顔から、ときおり感情の一切が消え失せる。今も神代がそういう顔をしているのだと、見なくても分かっていた。そして義也には、その凍りついた無表情こそが神代の本質なのだろうと思えた。
 その酷薄な視線に見下ろされて、再びあの石榴模様の椅子に押しやられる。それだけでもう、抵抗する気持ちなどすっかり消え失せてしまった。
「ここにはね、いろんな子が連れてこられるんだよ。手酷く扱われて、すでに毀れてしまった子が連れてこられることもある」
 義也がおとなしく従ったことが、少し意外だったのかもしれない。神代の表情のこわばりが揺らぎ、それから思い出したように静かな笑みを形作る。
「私はその子たちに愛玩動物として生きていく術を教える。でもそのすべてに“神代の猫”という値札がつけられるわけじゃない。売り物になるのはきれいに毀れた子だけだ。きみは……どんな猫になるかな」
 淡々とそう説明しながら、神代は義也を椅子に座らせて拘束していった。
 まず右手。続いて左手。それから……両方の足も。
 義也の体は強ばって震えていた。
 それなのに神代は容易くその作業をこなしていく。
 多分、こんな椅子に縛り付けられるときに人間が取る行動は似たり寄ったりなのだろう。神代の手は反射的に逃げようとする義也の体をたくみに絡めとって操り、望む通りの姿勢を作り上げていく。淫らな椅子に人間を無理矢理拘束しているなどとは思えない滑らかさだ。
 そこには不気味なほどの馴れが感じられる。
 義也には不自然な体勢を無理強いされている感覚さえなかった。自らその淫らな姿勢を望んでいるかのような気分になってくる。
「ここを汚したお仕置きもしなければならないね」
 両手足を完全に拘束してから、神代は義也の内腿を撫でた。椅子に取り付けられた台に固定されて、恥ずかしげもなく開かれた足の間。神代の指先が義也の内腿にこびりついたぬるつきを弄んでいる。
「でも安心したよ。佐竹代行はきみのここが役に立たないと零していたからね」
「そ……それは、アイツが……」
 言いかけて、義也は口ごもる。
 内腿を撫でる神代の手の動きには何の変化もなかったが、神代の視線は明らかに『黙れ』と命じていた。
「相手が誰かは関係ない。きみをどう扱うかも……」
 そう言って神代は義也の牡を掴んだ。その手に、痛いほど力が込められる。そしてもう一方の手には、さっき義也が取り落としたピアッサーが握られていた。
「きみはただ、気持ちのままに反応すればいいんだ。難しいことじゃないだろう。淫らなふりをする必要などない。痛いときや苦しいときは泣きわめいていいし、やめてと懇願してもいい。もっと欲しいとおねだりしたければ、そうしていいんだよ?」
 神代がその言葉を言い切らないうちに、勃ち上がりかけた牡の先端に針が突き立てられていた。孔の縁をすくい上げるように、まずひとつ、小さな金のリングが嵌められる。

「あぁぁぁ……っ!」
 縛り付けられていても、大人しく椅子の上に横たわっていることなどできなかった。体が勝手にのたうち、革のベルトに締め上げられた手足に激痛が走る。
 溢れてくる涙で視界が滲んだ。悲鳴を堪えようとしても、堪えきれるものではない。
 だが、喉を切り裂かんばかりに張り上げた義也の声にも、神代はまったく動じることはなかった。眉ひとつ、動かさない。
「分かるだろう? ただお人形さんみたいに転がっている従順さになんか、魅力はない。きみが女とは違うと示すことも大切だ。佐竹代行のような男がきみを欲しがるのはそのためだからね」
 続けざまにもうひとつ、ピアスが取り付けられる。
 それでもまだ、神代の手は止まらなかった。さらにもうひとつ、金のリングがその場所を彩る。
 佐竹から話を聞かされたか、それとも神代が観たというビデオにそんなシーンが収められていたのかは分からない。だがそこを執拗に責め立てて義也が泣きわめいたことを、神代は知っているのだろう。
 そうとしか思えないほど手早く的確に、神代はその場所を探り出していた。義也の体の……もっとも脆く快楽を欲する場所。
(どうしてだよ……! どうして……どうしてこんなことするんだよっ!)
 その言葉を、口にしないだけの分別はあった。
 だがやはり義也には理解できなかった。これが性の欲望の延長線上にある行為だということも、実感することができないままだ。
「ほら……ちゃんと硬くして、のぼりつめて、いやらしい汁を溢れさせてごらん?」
 神代の指先は、ただピアスを打ち込むだけでなく、やわやわと義也の牡をしごき続けていた。
 こんなことをされているのに、自分が勃起していることも、義也には信じられなかった。腰ががくがくと震え、とろりと熱い陶酔が体の奥底から滲み出してくる理由なんか、知りたくもない。
 牡の根元を神代の指に締め上げられているから、射精することはかなわない。だがそんなこととは無関係に、意識が白い霧の中に溶けていってしまいそうだ。
「あぁ……っ、あふっ……あぁぁん……」
 紛れもない絶頂の声。
 その義也を冷酷に見下ろして、神代はまだ作業を続けていた。裏筋にも行儀良く並ぶように三個のバーベルを打ち込んでいく。
 そしてようやく、義也は立て続けに襲ってくる痛みから解放された。
「佐竹代行が見たがっていたのは……きみの、そういう姿だよ」
 そう言って、神代は射精を封じていた指をするりと解いた。
「……は……ぁぁっ、あ……ひぃっ」
 先端のピアスを指先で弾かれて、激しい痛みと同時に、身震いするような快感が下腹にどっと溢れてくる。
「これからもそうやって、相手に伝わるように示すんだ。きみが女を抱くことじゃなく――男に弄られたり、辱められたり、犯されたりして興奮する、牡の愛玩動物だってことを……」
『勃ててみせろよ。気持いいんだろう? 出したいんじゃないのか。何度でもイかせてやるぜ?』
 達する瞬間……神代の声に重なって、耳の奥で佐竹の声が蘇ってくるのを聞いたような気がする。
「すっかり夢中になっていたね。可愛かったよ」
 神代は義也の顔を覗き込み、そっと髪を撫でた。
 それから義也が自ら施したピアスをひとつずつ検分し、数えはじめた。この淫らな椅子の上で神代の手で打ち込まれたものと合わせると、ピアスは全部で二十九個だ。
「ここは、私のお気に入りの場所だよ。このピアスはきみが“神代の猫”であることの……密やかな印だ」
 その数の半端さが気に入らなかったらしい。あるいは初めからそのつもりだったのかもしれないが、神代はそう言って最後のピアスを手にとった。義也の足の指――左の小指と薬指の間をそっと撫でて、その金の輝きを刻み付ける。
 佐竹にもそんな場所を触れられたことはなかった。義也本人だって、これまで一度だって意識したことのない場所だ。性的な意味合いを持っているとも思えない。
(俺……もう毀れているのかな)
 石榴模様の布地を張った台に括りつけられたままの左足。神代が、施したばかりのピアスを愛でるようにくちづけし、舌を這わせている。
 義也はぼんやりとその光景に視線を向けていた。どんな感情を抱いてその光景を眺めるべきなのか、思い出せない。
 ただその乾ききった心地のまま、次に佐竹に抱かれるときのことを考えていた。この先どんな境遇に貶められていくにせよ、それは避けられないのだと分かっていた。
 佐竹は……決して義也を諦めないだろう。
(その時に、俺、アイツに……佐竹に、足の指を舐めてくれってねだればいい? きれいに毀れて“神代の猫”になるって、そういうこと……?)




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Date:2011/03/29
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UserTag: BL小説  18禁  須藤安寿 
Thema:自作BL連載小説
Janre:小説・文学

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