安寿の本棚

□ 陵辱涙 猫科の愛玩動物 (完結) □

7 つめたい波




陵辱涙7 表紙

第七章 つめたい波




 佐竹と初めて出会ったのは、あの事務所に連れていかれた日のことだ。
 そのとき、義也はまだ佐竹の名前も知らなかったし、どういう立場も者なのかも分からなかった。ただ、これまで義也を恫喝し続けたチンピラとは格の違う男だということが分かっただけだ。周囲の者たちの態度を見ていれば、そうと推し量ることは難しくはない。彼らの世界はそういう上下関係がすべてなのだ。
 ――そもそもの発端は、義也の父の借金だった。
 これといった技能もなく世渡りも下手で、親方にもなりたいと言いながらそれを果たせずに終わりそうな建設作業員だった父。だがそれでも、とりあえず食っていくには問題のない程度の稼ぎはあったはずだ。母は数年前に他界していて、家族は父と義也のふたりだけだった。
 その生活が急速に悪化したのは、三ヶ月くらい前からだろうか。
 おそらく薬だろう。
 もともと父は酒好きだったし、行儀のいい飲み方をする男でもなかった。だがその数ヶ月の父の荒れっぷり、やつれかたは尋常ではなかった。原因が酒でないことは義也の目にも明らかだった。
 そして突然、ヤクザたちが家に乗り込んできたのだ。
 どんな薬をやっていたのかは知らないが、わずか三ヶ月でヤクザを激怒させるほどの金を食いつぶすことはないだろう。相手が悪かったのか、あるいは払いを誤魔化そうとでもしたのかもしれない。
 そういう説明は一切せず、冷静に状況を考える余裕さえ与えずに、男たちはただ金を都合しろとわめき散らした。義也は父がこの男たちからいくらの金を借りたのかも分からないままだった。戸籍を売って金を作れとか、人間の体もバラせば売れるとか……連中が繰り返したのはそういう話ばかりだ。襟首を掴まれて何を怒鳴り散らされたか、義也ももう覚えていなかった。
 振り返ってみれば、本当にそんなことをさせるつもりなどなかったのかもしれない。おそらく義也の気持ちを挫き、言いなりにさせるために残酷な話をしていたのだろう。
「肝炎やってヤク食ったおまえのオヤジじゃ売り物にならねえ。だがおまえなら、肝臓だってきれいなもんだろう。オヤジの不始末は息子のおまえがカタをつけろ。それともオヤジがぶち殺されるところを見たいか?」
「まあ、待てよ」
 鼻息荒くまくし立てている男を制して、そう低く言ったのが、代行と呼ばれていた男……佐竹だった。
「くそガキの肝臓ひとつ売ったところで、大した凌ぎにゃならないだろう。こいつなら可愛い顔をしてるし、そのまま売ったほうがいい金になる」
 男たちのあいだではその後も金に関するやりとりが続いていたけれど、義也にはほとんど聞き取れなかった。痛いくらいにどきどきと脈打つ自らの心臓の音が、他の音を何もかも飲み込んでしまっていた。
 あのとき義也はただ……呆然と佐竹を見上げていただけだ。
 ずっと手探りで夢想していた男との関係。その相手として欲していたのは、きっとこういう男だったのだ。かすかにそんなことを考えてもいたような気がする。
 一点の曇もなく磨き上げられた先の細い革靴。ぴっちりとプレスされたスーツのズボンに包まれて、勝ち誇ったようにせり出された腰。勃起した牡が作り出す陰影を、義也は呆然と見上げていた。
 体が震え始めたのは、あのときからだ。
「お願い、助けて……何でもするから……」
 しゃくりあげながらそう口走って、見知らぬ男の足元にすがりついたときから……。
 父のように搾取されるだけの弱い存在ではない、本物の男のにおい。
 目の眩むような衝撃に体を揺さぶられた。
 そして、ずっとそのにおいに欲情していたのだと覚ったのだ。
 義也が幼いころから怯えつつ見上げていた極道の男たち。佐竹はまさにその典型だと言っていい。佐竹の肌から滲み出すにおいに似た何かが、濃厚に義也を取り巻いて、酔わせていた。
「金はすぐに持ってこさせる。それと引き換えに、この小僧は俺のものだ。――いいな?」
 だが、その声がはるか頭上で響いたときでさえ、義也が抱いていたのは、恋なんて甘酸っぱい感情ではなかった。……なかったはずだ。
 男に抱かれることを夢想するときに、義也が思い描いていたのはもっと別の光景だった。
 男同士で睦み合うときに、具体的に何をどうするのかを知っていたわけではない。
 義也はありきたりな男女が絡みあうAVさえ満足に見たことはなかったし、ゲイもののAVなど、もっと遠い存在だった。同じ年頃の者と比べてもそういう知識は少ないほうだろう。義也はただぼんやりと、その光景を思い描くだけでよかったのだ。
(抱き合ったり……するのかな)
 そんな風にただ想像しているだけでよかった。それだけでくすぐったい気持ちがこみ上げて、胸を焦がした。
 相手の男はそのときにはもうもう服を脱いでいるかもしれない。そして義也の服も脱がせようとするだろう。
(その人、俺のシャツのボタンを外すのかな。それとも裾を捲り上げて触る……?)
 どちらでもいいと思った。どちらを思っても、呼吸が苦しくなるような興奮がこみあげてくる。
(俺は女じゃないんだし、胸なんか、触らないかな。だとしたら、すぐに下も脱がされるのかも……?)
 ジーンズの前ボタンを外してジッパーを下ろしていく男の指の感触。いくども思い描くうちに、義也はそれをまるで体験したことがあるかのように生々しく思い描くことができるようになっていた。
(キスをするのは、そういうとき……?)
 焦がれるようにそう感じてもいた。でもそのときの光景を想像することはできなかった。
 男の荒い息や、逃げ出しそうになっている義也の体を抑えこむ圧迫感は容易く想像できたのに、貪られるように唇を吸われるときに、自分が何を思うのかは見当もつかない。
 それは今も分からないままだ。
 佐竹は……そして佐竹の舎弟たちも、キスになんか興味はなさそうだった。
 あの連中にとって、義也の口はただの孔に過ぎないものだった。他の誰かが義也の尻を使って愉しんでいる最中でも、昂ぶった牡をねじ込める場所――それだけだ。


「……う、うわっ」
 突然どさりと何かが落ちてきた衝撃で、義也は目を覚ました。その瞬間、間近に迫ってきた猫の顔に心底驚かされる。
 あの黒い猫だ。昨夜は義也のことを恐れているようだったのに、そんなことはもう覚えていないみたいだった。
「ど、どけってば……おい」
 義也はそう、こわごわ声をかけてみた。
 だが猫は、そんなことはお構いなしだ。横たわる義也の胸にどっかりと腰を下ろして、動こうとしない。そのせいで義也も起き上がることができなかった。
(掴み上げてどかしても大丈夫か、これ……)
 猫なんか、これまでろくに触ったこともないから加減が分からない。手荒なことをすれば傷つけてしまうのではないか。そんな気分になった。
 猫は義也の瞼や唇につけられたピアスが気になって仕方ないのだろう。いかにも何かを企んでいるという表情で狙いを定めている。
「ちょ……っ、冗談じゃねえぞ、おい!」
 飛びかかられそうになって、思わず猫を払いのける。昨夜穿ったばかりのピアスホールはまだ熱を持っていたし、痛みも残っている。そんなところじゃれつかれでもしたら堪らない。
 ばさりと布団をはいで起き上がる。
 体の奥には神代に性具でさんざん嬲られた痛みがまだ鈍くわだかまっていた。
 昨夜、神代は義也にねだられるままに、自らの牡を突き立てて愉しんだが、性具を使ったときのあの執拗な責め苦に比べれば、どうってことはなかった。取り立てて激しかったわけでもなく、乱暴でもなければ変態的でもなく、一片の思い入れさえ感じさせない……ただの凡庸な性の行為。
 朦朧としながら、義也もそれを愉しんでさえいた。
 その記憶が……冷ややかな波のように打ち寄せて、義也の気持ちを苦々しく凍えさせる。
 何の感情も伴わない性の行為は、ただただ心地良かった。ねだればいくらでも与えられる刺激。のぼりつめていくときのわななき。ただそれを求めればいいだけの情交は、いっそ気楽なものだと思えていた。そうして、いとも容易くぬかるみに堕ちていきそうな自分に反吐が出そうだ。
 テーブルの上には食事が用意されていた。黒い漆塗りの弁当箱。蓋を開けてみると中は六ツに仕切られていて、煮物や魚などがそれぞれの小鉢にきれいに盛りつけられている。
 ふと、母親の葬式を思い出した。精進落しの席で食べたのはこんな料理だった。それ以外にこんな料理を口にした記憶は、義也にはない。
 おそらく気取りやの神代好みの、高級ぶった仕出し屋の弁当なのだろう。ヤクザの事務所で出されたコンビニの弁当とは値段だってまるで違うのだろう。
 だが箸をつけたどの料理も、何の味もしなかった。
 煮物も、魚も……ごま塩のかかった白飯も、その脇に添えられた漬物さえ、全くの無味だ。
 空腹だったはずなのに、義也は半分も食べられずに箸を投げ出してしまっていた。
 自分で着たのか、それとも神代に着せられたのか覚えてはいないが、いつの間にか羽織っていた絹のガウンを脱ぎ捨てて、タンスの中を探る。
 下着、シャツ、ズボン。それぞれに何種類も揃えられている。どれもきれいな状態で、きちんと畳んで引き出しに収められていたが、新品というわけではなさそうだった。以前この部屋にいた〈神代の猫〉が使ったものかもしれない。
 シャツやズボンはともかく、他人の使った下着を身につけることには強い抵抗感があったが、贅沢は言えない。できるだけ新しそうなものを探して、義也はとりあえず身支度を調えた。
 それだけの衣服が揃えられているのに、靴下がひとつもない不自然さからは、目を背ける。どうせ靴だってありはしないのだ。
 それでも半月ぶりにまともな服を着て、義也の気持ちは少しだけ落ち着いていた。
 着替えが終わるのを待ちかねていたように、猫が小さく鳴き声を上げた。まるでついてこいとでも言うように義也を振り返りながら、部屋の出口へと歩いて行く。
「待てよ、おい」
 猫を追って、義也も部屋を出た。椅子の並べられたあの部屋を通りすぎて、長い廊下へと出る。そこから、開きっぱなしになっている玄関の扉が見えた。
 暗い廊下に立っている義也には、その向こうに見える外の景色が眩しいほどだ。
 猫が足元にじゃれついていたけれど、義也の頭からはもう猫の存在など消え失せていた。危うく猫を踏みそうになりながら、その眩しさに吸い寄せられるように玄関へと足を進めていく。
 広い土間に降りたとき、敷石の冷たさにどきりとした。
 だがそれでも……足元に視線をやることはできなかった。外の光景に、目が釘付けになってしまっている。
 まるで吸血鬼の館だと感じた門が、開け放たれていたからだ。真昼の空の下で、今はその門も不気味さを失っている。
 また猫が鳴いた。その声に振り向いたとき、義也は暗い廊下の奥にじっと佇んでいる神代の姿を見た。
『きみは逃げないよ』
 その言葉が耳の奥に蘇った。神代が淫らな行為を強要しながら囁いた言葉そっくりの、粘り着く湿った響き。
『堪えられずに逃げ出すような子は、いずれにしろ役には立たない。それに……逃げて、どこかに行くあてのあるようなヤツはね、そもそもこんなところには辿りつかないんだよ』
 あの言葉を、否定しなければならない。
(俺は違う)
 玄関の敷居を踏み越えて、裸足のまま外に駈け出したとき、義也の意識にあったのはその思いだけだった。
(俺は“神代の猫”になんか、ならない……!)




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Date:2011/03/31
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UserTag: BL小説  18禁  須藤安寿 
Thema:自作BL連載小説
Janre:小説・文学

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