安寿の本棚

□ 陵辱涙 猫科の愛玩動物 (完結) □

9 まことをしるや




陵辱涙9 表紙

第九章 まことをしるや




 視界が真っ赤に染まって、息が詰まった。
 肌を這う細かな震えがずっと続いているのとは別に、体全体を揺さぶられるような激しい痙攣が断続的に襲ってくる。
 それでも佐竹の蹴りはまだしつこく義也を追い回し続けていた。必死に守ろうとする顔や頭や腹を巧みに狙って、革靴の尖ったつま先や踵が襲いかかってくる。そのひとつひとつが、ごりごりと骨を削るような激しい苦痛を運んできた。
「も……う……厭だ。もうやめて……。お願いだから」
 そう必死に繰り返す義也のかすれた声が、佐竹の怒号にかき消される。
 何を言っているのかは理解できなかった。
 佐竹の声は確かに何かの言葉を形作っているのに。義也の耳はそれを聞き取っているはずなのに。まるで獣の咆哮を聞くときのように、ただ底の見えない恐怖だけが義也の体を満たしている。
(このまま、殺される……の、かも……)
 ヤクザの事務所に転がされていたときも、いつ終わるとも分からぬ暴行にさらされていた。だがあのときとは違うのだと、義也は理解し始めている。今の佐竹を突き動かしているのは性の欲望……ではないのだ。
 助けてくれと足元に取りすがってきたくせに、男を悦ばせる手管のひとつも覚えようとしなかった。義也が逃げたことで佐竹の面子は丸つぶれだっただろう。そういうことのひとつひとつに、佐竹は怒りを滾らせている。
 そのことが……堪らなく怖い。いまさらどう詫びても、もう何の慈悲も期待できないのではないか。佐竹を止めることはできないのかもしれない。一撃食らうごとにそれを思い知らされている。
(俺は親父の借金のことなんて知らなかった。何もしてない。ただ巻き込まれただけだ。それなのに、どうしてだよって、ずっと思ってた)
 なぜ自分ばかりが理不尽な目に合わなければならないのか。義也はずっとそう思い続けていた。だがそれが間違いであったのだと、続けざまに襲いかかってくる痛みの中で気づく。
(そうだよ……俺は知ってた。こいつが、佐竹が……そういう世界で生きてる男なんだって)
 そして佐竹のそういう部分に、今もすがりたくて堪らない。この悪夢のような状況から連れ出してくれる男を佐竹以外に誰ひとり思い浮かべることができなかった。 この狂気のような暴力に、心のどこかがずっと惹かれていた。それは多分、ずっと以前からで……そして、今もだ。
 ただその矛先が自分に向けられたときのことなど、何も考えてはいなかった。それだけだ。
(親父みたいにはなりたくない)
 まだほんの子供のころから、義也はそう思いながら育った。視界の端にはいつだって極道の男たちを追い続けていた。おどおどと捕食されるのを待つ、弱い生き方しかできなかった父とは違う……男くさい輝きを持つ背中。他人の痛みなど省みることなく、我が物顔に威勢を張って生きている佐竹のような男に守られることを、義也はずっと欲していたのだ。いつも男たちの目を引いたのはそのせいのかもしれない。
『誰か俺に気づいて? 俺に……手を差し伸べて……』
 いつだって義也はその叫びを押し殺して、すがるように男たちを見上げていたのだから。

「逃げられると思ってたのか?」
 襟首を掴まれて引きずり起こされたときに、ようやくその言葉を聞き取ることができた。
 そのまま洗面台のほうへ突き飛ばされる。もう足にはまるっきり力が入らなかった。とっさに、何でもいいからしがみつこうともがいたが、鏡の前の小さな台を掴んでも体が倒れていく勢いには抗いきれなかった。そのまま顔から洗面台へ倒れこんでしまう。水道の蛇口が側頭部にめり込む激痛。だが悲鳴を発する間もなく佐竹は義也の髪を掴んでその顔を引き上げた。
「おまえみたいなクソガキの考えることはみんな同じだ。厭だ厭だとゴネるくせに、逃げ出すと今度は三日と辛抱できずに男にケツを振る。ずいぶんと売れっ子だったみたいじゃないか。ここでおまえを買った連中も、滅多にない上玉だって褒めてたぜ? ビデオで観るよりずっと上手くしゃぶるようになってるって評判だ」
 それが、さも面白いことだというように、佐竹は笑った。得意げな種明かし。おそらく義也がここで袖を引いた客の中に、佐竹が舎弟たちに撮らせたビデオを買った者がいたのだろう。
 別に不思議なことではなかった。
 義也はこの二ヶ月、毎日のようにこの植物園で客をとっていた。金さえ貰えば客の好みに応じて何でもやらせたし、何でもやった。それが一夜限りの関係を好むゲイの男たちのあいだで噂になっていたのだろう。逃げ出した義也を追おうと思うなら、佐竹もそういう噂に無関心でいたはずはない。
「笑えるぜ。おまえ、しゃぶるの下手だったもんなあ? どれだけうまくなったか、やって見せろよ」
 せせら笑うような声。ズボンの前を自らくつろげ、下着をずり下げる。すでに天を仰いでいる牡に手を添えて、佐竹はもはや勝ち誇った表情だった。
 怯えて、がくがく震えている義也を見下ろすのが楽しくて堪らないのだろう。
 その滾った欲望の証を喉の奥まで押しこまれても、義也には歯を立てることさえできないのだと、この男は知っているのだ。すでに義也が屈服していることを、佐竹は確信している。
 そのことが、堪らなく口惜しかった。
 佐竹からは人間らしい情の存在など、これっぽっちも感じ取ることはできない。いったい何人の“猫”を踏みにじって泥沼に沈めれば、こんなにも酷薄になりきれるのか、義也には見当もつかなかった。
「……ひ……っ、ひ……くっ」
 まるですすり泣く子供のような声が溢れてくる。それを押しとどめる方法なんて、義也には分からなかった。佐竹の足元に跪いて猛った牡の証を口に含む以外に、どうすればいいかなんて思いつくこともできない。
「早くしろよ、ギャラリーの皆さんもお待ちかねだぜ」
 そう言い放たれて、義也は自分に注がれている何対もの視線があることに気づいた。
 公衆便所の中にまで足を踏み込んでいる者はいないが、アーチ型に切り取られた入り口の向こうの暗がりから男たちが見物を決め込んでいる。四人……いや、五人いるだろうか。
 これから始まるだろう淫らな見世物を待ちわびて、らんらんと輝いているいくつもの目。助けを求めたところで、誰も、何もしてくれないと悟るには充分だった。どの男も、佐竹が事を終えれば自分たちにも役得が回ってくるかもしれないと期待しているのだ。
 ぞくり……と、背筋が冷たくなった。
 義也が何の抵抗もできずに佐竹に蹴り回されているところを、あの連中は見ていたはずだ。自分たちも同じように愉しんでいいと思っている。何の遠慮もなく痛めつけて、毀れたら捨ててしまえる安物の玩具。すでに義也はそういう存在に貶められているのだ。
 俯いて見下ろしたとき、流れ出た血が顎を伝って床に滴るのが見えた。さっき蛇口にぶつけた耳の上の傷から出血しているのだろう。
 ざらついたタイルがびっしりと敷き詰められた公衆便所の汚れた床。泥を含んだ水が目地に溜まっているのが堪らなく不快だ。ちっぽけな血のしずくは、一瞬でその汚濁のどこかに紛れてしまっていた。
 そこに膝をついたのが自分の意志なのだとは、思いたくなかった。酷い痛みのせいで全身から力が抜けて、もう立っていることもできないせいだ……そう思っていたい。だが佐竹がその昂ぶりを捩じ込もうと再び髪を掴んで義也の顔を引き寄せたときには、自ら口を開けていた。ピアスが確実に佐竹の牡を刺激するように丸く唇をすぼめ、迎え入れる道筋を示すように舌先で誘った。喉の奥まで愉しめるように顎を持ち上げて、衝撃をやり過ごすために呼吸を整えてさえいたのだ。
「んん――っ、んぁっ」
 それでも、口いっぱいに逞しい剛直を詰め込まれたときには息が詰まった。ちかちかと視界が赤く明滅して、どっと涙が溢れてくる。
 こんな奉仕にも、もう馴れきっているつもりだった。相手なんか誰でも同じだとも思っていた。それなのに、この男だけは違うのだと、体の底から湧き上がってくる震えが教えてくれる。
 佐竹が〈どこかの誰か〉とは違う、特別な男なのだと。
 何が違うのかは分からない。
 においなのか、形なのか、大きさなのか、それとも感触や味なのか。その正体も掴めぬままだ。だが、他のどんな男とヤるときにも感じることのない、激しい震えがこみ上げてくる。体のもっとも奥深い場所にある真っ黒なかたまりがざわざわと蠢いて、全身に拡がっていこうとしている。そして怯えて竦む気持ちのはるかな向こうに、甘く意識を蕩かせる快楽の兆しが生まれ始めているのだと分かった。このまま底なしの泥沼に引きずり込まれていきそうだ。
「そんなに俺の――が恋しかったか? 咥えてるだけでもうイキそうじゃないか」
 揶揄するその声を聞きたくなくて、音を立てて舌を使った。溢れてくる唾液を唇の端からこぼしながら、その行為に夢中になっている振りをする。舌の上に一列に並んだピアスを使って男を悦ばせる方法は、このふた月のあいだに厭というほど学んでいた。
 侮蔑の言葉を投げかけ続けていた佐竹の言葉は、もう低い呻きと、重く湿ってあとを引く荒い呼吸とに変わっていた。それでも、そのまま義也の口で達してしまうつもりはなかったのだろう。佐竹は義也の顔を乱暴に押しやってその行為を中断させた。無言のまま義也の体を引き起こし、洗面台に上体をうつぶせて尻を差し出す姿勢を強いる。
 全身が怠かった。どこもかしこも、悲鳴を上げたくなるくらいに痛い。義也の体の前に回りこんだ佐竹の手が買ったばかりのシャツをまくり上げて、胸元のピアスを探った。もう一方の手はいらいらとベルトを外し、ジーンズの前を開けていく。
 それを義也はただぼんやりと感じていた。
 洗面台の上部に取り付けられた鏡に、その光景が映しだされていた。
 鏡が曇っているのか、照明のせいか……あるいは今にも意識を失いそうになっているからかもしれないが、鏡に映る像は色彩を失って冥い翳りを帯びている。神代の家で見たモノクローム写真そっくりの“猫”の姿がそこにあった。
 まるで魂をどこかに置き忘れてきてしまったかのように表情を失っている……ピアスだらけの空っぽの肉体。
 ジーンズを脱がされ、双丘の狭間に指を挿し入れられたときも、義也は鏡に映る像をぼんやりと見つめていた。
「相変わらず勃ちもしないくせに、後ろはひくひくさせてるんだな。欲しくて堪らなかったんだろう? そんなに――を突っ込まれるのが好きか?」
(こいつはただの狂人なのかな。……それとも、俺が望んでいるのかな)
 男性器の俗称を口にするとき、佐竹はわざわざ下卑た響きを選んでいるのだと感じられた。でも……本当は違うのかもしれない。その言葉を選ばせていたのは、義也のほうだ。耳を背けたいほど厭だと思っているのに、佐竹がその俗称を口にするだけで、体が震える。
 項垂れている義也の牡を弄ぶのも、乳首が堅く尖っていると嘲笑するのも、そうすれば義也の後肛が快楽を欲して切なく疼くことを知っているからだ。
「ん……好き……すごく、好き……」
 ただ佐竹を満足させたくて絞り出した言葉だった。でも唇から滑りだしたとき、その言葉はぞっとするほどの艶めかしさを纏って媚びていた。まるで隠し続けてきた恋心を吐露するような、甘い響き。
「ふ……っ」
 佐竹がそう、吐息とも笑いともつかぬ呼吸を漏らす。義也の中でぶつりと音を立てて何かが切れたのは、そのときだった。佐竹がずっと聞きたがっていた淫らな言葉を続けざまに口にして、奥まで突いてとせがんだ。性の刺激に敏感な部位を穿つピアスをひとつずつ示して、愛撫をねだる。
 これまでは、ずっと否定してきた。そんな言葉、死んだって口にするものかと意地を張り続けていたのだ。だがそれは何のためだったのだろう? そんなこと、もう理由さえ思い出せない。
(本当は、犯されたい、泣かされたいって、俺の体の中にある何かが、こいつを誘ってるのかも……)
 さっきの客が中で出したから、狭間はまだぬるついている。佐竹の牡に貫かれたときも、以前のような苦痛は感じなかった。湧き上がってくるのは、このままどこまで堕ちてもいいと思えるほどの、甘美な味わいだ。
(だからかな……)
 鏡越しに、後ろから犯されて喘ぐ“神代の猫”の姿が見えた。モノクロームの世界で、快楽のリズムに乗って軽やかに踊っている。
 その光景が心を切り裂いて鮮明に刻み込まれる。
 これまで頑なに目を背け続けてきた自らの本質をまざまざと見せつけられたような心地だった。
(だから、こいつはこんなことをするのかな……)




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Date:2011/04/07
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UserTag: BL小説  18禁  須藤安寿 
Thema:自作BL連載小説
Janre:小説・文学

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