安寿の本棚

□ 陵辱涙 猫科の愛玩動物 (完結) □

最終章 罪なきなみだ




陵辱涙最終話表紙 

最終章 罪なきなみだ




 気が遠くなるほどの時間が経過したような気がする。
 ようやく佐竹は突き上げるその動作をやめて、低い呻きとともに義也の体の奥に熱いほとばしりを放った。
 だが義也の震えはまだ止まっていない。離れていかないでとせがむように、息を弾ませて佐竹にすがりついていた。凍えた体はまだ切なく疼いて、佐竹の熱を欲しがっている。
「続きはほかの男にやってもらえ」
 佐竹は乱暴に義也を押しのけて、そう言い放った。まるで服の汚れを払うような仕草だった。
 指の切れそうな真新しい一万円札。それが目の前で握りつぶされ、顔に叩きつけられる。
 以前と同じように、行為のあいだも義也の牡はずっと項垂れたままだった。それでも佐竹は満足したという表情だ。
『勃たないのは、あんたとヤるときだけだ。……あんたはほかの客とは違う。特別だから』
 行為のさなかに義也が口走ったその言葉に、佐竹は答えを見出したのかもしれない。義也が後孔を突き上げられるその刺激だけでのぼりつめて、射精とはまったく別の頂点を極めたこと。それが単なる見せかけの演技ではないのだと、佐竹はようやく理解したようだった。紛れもなく〈牡の猫〉である義也が、自分の前でだけは牡として存在しきれない。そのことに、佐竹もまた何か特別の意味を見出したのだろう。
「今夜はたっぷり愉しんでいい。朝になったら神代のところへもどれ。ひとりでここまで逃げてきたんだ。帰り道を覚えていないとは言わせないぜ? これ以上痛い目に遭いたくないなら、寄り道なんかせずに真っすぐ行くんだな。いい子にしてれば迎えに行ってやるぜ」
 そう言って、ぴしゃりと義也の頬を叩く。
 どこかに甘い響きのあるその言葉に、義也がまだすがってくると思っていたのだろう。だが義也にはそれが、すべての終わりだ……という宣告に聞こえた。
 佐竹が口先で何を言っていても、そんなことは関係なかった。そんな言葉を信じてどれだけ待ったところで、佐竹には義也を迎えに来るつもりなどない。それがはっきりと分かった。〈神代の猫〉という値札をつけて奉仕させ、客を取らせる――その程度の興味さえ、もう佐竹は抱いてはいなかった。
 佐竹はこれまでにも若い男を何人も連れてきたのだと神代は言っていた。たいていは二、三日で飽きたから、義也ほど手ひどくやられた者はいなかった……と。
 これまで佐竹が義也に強い関心を抱き続けてきたのは、義也が屈しなかったからだ。
『恋なんかじゃ、ない。こいつのことを好きになったりなんかしない、絶対に』
 義也がそう自らの気持ちを否定して、抵抗し続けてきたからだ。だからこそ義也は、佐竹にとって〈どこかの誰か〉ではない存在で在り続けていたのだろう。
 でもそれはもう、終わったのだ。
 義也は屈してしまった。ずたずたになった気持ちに蓋をして、浅ましく佐竹を欲しがる……ただの〈猫〉になってしまった。
 その姿を見て、佐竹は満足した。
 それが……答えのすべてだ。
 佐竹の遊びはもう終わったのだ。あとは元手を回収し、稼ぎを生み出さなければならない。それが佐竹の生きている世界の仕組みだった。これまで佐竹が神代と組んで数え切れないほどの〈猫〉を泥沼に沈めたように、義也も商品として売られていくのだろう。
 佐竹はその場に義也を残したまま、もう踵を返して出て行ってしまっていた。そして、それを待ちかねたというように外の暗がりにいた男たちがじりじりと歩み寄ってくるのが見えた。
 耳を澄ませば、まだ砂利を踏む足音が聞こえるかもしれない。鬱蒼とした木立を抜けて、ネオン瞬く繁華街に飲み込まれていく佐竹の後姿を見たような気さえする。
 だが義也にはまだ荒い呼吸を整える暇も与えられなかった。薄汚れたタイルの床に裸でしゃがみこんでいる義也を見下ろしているいくつもの目。狂気のような暴行を目の当たりにして欲望をかきたてられた男たちに囲まれて、もう義也には逃げ場などどこにもなかった。
 ――夜が明けるのは、まだずっと先だ。

「手を貸そうか?」
 そう声をかけられて、義也は間近に立っている男の存在に気づいた。
 見覚えのない男が、砂利道に膝を突いて義也のほうに手を差し延べている。
 もう空は明るくなり始めていた。
 どうやって這い出してきたのかまるで覚えていなかったが、あの男たちに解放されたあと、熱帯温室の近くで砂利に突っ伏して眠ってしまったらしい。
「酷くやられたな。立てるか?」
 男の表情を見上げても、それがどんな感情に裏打ちされたものなのか義也には分からなかった。誘っているのとも、嘲笑っているのとも違う。苦々しく歪んだその顔は、怒っているようにも泣いているようにも見えた。
「一晩中ヤリっぱなしだったんだ。手を借りたって舐められたって、もう勃たねえよ」
「そんな減らず口が叩けるなら大丈夫そうだな」
 いかめしく寄せられていた眉が、少し緩むのが見える。その表情の変化を見て、義也は、この男が本気で自分を心配していたのだと気づいた。
「あんた……誰?」
 この植物園で夜中に何が行われているのかを熟知しているようなのに、男から感じられる気配はこれまでに出会ったゲイの男たちの誰とも似ていない。警察とか補導員といった手合いかもしれないと、少し義也は警戒しはじめていた。
「名前なら、脇田だ。この近くにあるのバーの……まあ、店長ってところだな。肋、折れてるぞ。寒くないか」
 脇田と名乗った男は手早く義也の体を調べると、着ていたジャケットを脱いで義也に着せようとした。バーの店長と名乗ったくせに、まるで医者のような手際だ。
「汚れるよ」
 ぼそり、と言った。
 あの薄汚い公衆便所の床に転がされたのだし、男たちは好き放題に義也の体を汚して愉しんだ。
 這い出すときに朦朧としながらもなんとか自力で服を身につけたようだったが、シャツもジーンズもあの床の汚水を吸って目も当てられない有様だ。
 義也のその声に、脇田の手が止まった。
「……そうだな」
 一瞬の躊躇いをごまかそうとする、苦い笑い。それでも脇田はジャケットを義也に羽織らせて抱き起こした。
(馬鹿じゃねえの、こいつ……)
 その脇田を見上げて、義也も思わず苦笑する。
 袖口が擦り切れた古臭いジャケット。もう何年もこの服を着ているのだろう。鉤裂きを繕った服なんて、実際に目にするのは初めてだった。
「これなら……もう捨てても惜しくないから?」
「馬鹿言え、洗濯すればまだ着られる」
 義也が毒づいても、男はまるで気にしていないようだった。ごく当然のことのようにそう答える。
(変なやつ……)
 そう思わずにはいられなかった。
 嫌悪感とは、少し違う。脇田というこの男が単なる吝嗇家だとも思えなかった。その言葉の裏側に、何かもっと別の……重要な意味が潜んでいるような気がする。
「もう思い知ったと思うけどな、夜中になると、ここには質の悪い連中が集まる。男と遊びたいならもっと別の場所を探せ」
「俺がどうなろうと、あんたに関係ないだろ」
「それなら俺に見えない場所で野垂れ死にしてくれ」
 表情がまたむっつりと不機嫌そうなものにもどっている。多分この男はもともと愛想がいいわけでも、穏やかな性格でもないのだろう。義也が怪我をしてひっくり返っていなければ、こんな風に声を掛けることもなかったのかもしれない。
 脇田は不満そうだったが、それでも義也を抱き抱えたまま歩き出した。
 そうして支えられていなければ、一歩も進めない。このザマでは神代の家にたどり着くなど、到底不可能だろう。ざくざくと砂利を踏む震動が骨にまで響く。
「家はどこだ」
 歩き始めてから、脇田はようやくそのことに思い至ったというようにそう口にした。
「ねえよ、そんなん」
「じゃあ……名前は?」
 続けざまにそう問いかけられて、義也は面倒くさくなっていた。このままホテルにでも店にでも連れて行って義也を転がし、一発ヤラせろと言うほうが、手っ取り早いのだと教えてやりたい。
「俺は猫なんだってさ。だから、拾う気なら名前も適当につけてくれよ。タマとかミケとかポチとか……なんでもあんだろ」
「ポチは犬の名前だろ」
「知らねーよ。どうでもいいよ、名前なんか」
「猫は苦手なんだ」
「なら捨ててけよ」
「そうもいかないだろ」
「何でだよ」
「以前ここで、おまえみたいのが死んだんだ」
 脇田の声に少し力が篭った。
 初めてここで客をとったとき、そんな話を聞かされたのだと思い出す。男たちに嬲りものにされて、首を括ったという青年……。
「そ、そんなの、俺にもあんたにも関係ないだろ」
 義也も少し声を荒らげた。
 靴を買ってくれた男の、薄気味の悪い話しぶりを思い出したくなかった。いくどとなく名も知らぬ男と一夜の行為に耽った場所に、その青年の気配が潜んでいたなんて考えたくない。
「……」
「あんたの恋人だったの、その人?」
 不意に押し黙った脇田の表情を見て、そう悟る。
 考えて見れば、植物園の木立によって繁華街から隔絶されたこの小径は、ふらりと誰かが通りがかるような場所ではなかった。わざわざ夜が明けるのを待って男漁りにやってくる馬鹿もいないだろう。
 脇田が義也を見つけたのは、偶然ではないのだ。
「俺、その人に似てる? だから……?」
「似てないよ。顔も雰囲気も、ぜんぜん違う。年も、多分おまえよりは少し上だっただろう。それに……」
 脇田の声が、奇妙に震えた。ぶっきらぼうに言い捨てようとしているのに、そうはできない気持ちのゆらぎ。それが言葉のどこかから滲んでいる。
「――それに、おまえは生き残った。それが一番大きな、大事な違いだ」
「まだ終わってないよ。これから殺されっかも。このまま逃げたら、ヤクザに喧嘩売るようなもんだしさ」
「相手がヤクザならカタをつける方法はある。逃げられるさ。いつだって、どこまでだって。……おまえが二度とあんな場所に足を踏み入れないと約束してくれるなら、俺が手を貸してやるから」
 そう言って、脇田は義也の肩を支える手に少し力を込めた。
「死んだ恋人の代わりに……俺を抱きたいから? だから俺を助けて恩を売る気かよ?」
「肋の折れた小僧なんか相手に勃ってたまるか」
「別に、ずっと折れっぱなしってわけじゃないだろ」
「そのうちあいつのことが過去になって、そういう気分になれるかもな。それまでにはヤクザのことも片付けてやる。おまえの怪我も治っているだろうし、俺もおまえの顔のうざったいピアスを笑い飛ばせるようになってるかもしれない。そのときにはヤラせてくださいと土下座でもするさ」
「馬鹿じゃねえの、あんた」
 脇田の言葉に、くすぐったい気持ちがこみ上げてきて、油断すれば泣いてしまいそうだった。それをごまかそうと、わざと憎まれ口を装う。
 佐竹のこと、神代のこと、父がした借金……背負ってしまったものは、決して消えることはないのだ。出会ったばかりのこの男が、何もかもを片付けてくれるなんて虫のいい期待はしてはいけないのだと思う。
「義也だよ……俺の名前」
 だから助けてくれという言葉は飲み込んだ。
 名乗ったのは、佐竹も神代も、決して義也の名前を呼ぼうとしなかったからだ。脇田にまで小僧とか猫なんて呼ばれるのが厭だったから……それだけだ。
「義也か、悪くないな」
 どこまで義也の気持ちを察したのかは分からないが、脇田はそう言った。かすかにだが、笑みを浮かべたようにも見える。
「……猫にはもったいない名前だ」




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Information

Date:2011/04/15
Trackback:0
Comment:2
UserTag: BL小説  18禁  須藤安寿 
Thema:自作BL連載小説
Janre:小説・文学

Comment

*

こんにちは。竹の子書房の黒実操です。
完結を待っていました。
どうしても一気読みがしたかったので!

「靴下がなかった」というエピソードに、深い絶望を
感じました。確かに、靴までは「ない」ということは
予想できたんです。でも靴下までもという念の入り方に
書かれてはいない過去の出来事など、いろいろと妄想が噴き出ました。

読んでる間、肉体的な痛みさえ感じました。
暴力描写は苦手なのですが、それも忘れて読みました。
義也にはこういうと申し訳ないのですが、とても
面白かったです。刹那、違う人生を生きたような、
そんな感覚を味わっております。
2011/04/16 【クロミミ】 URL #nflLN91M [編集] 

*

クロミミさん、コメントありがとうございます!
そして一気読み、お疲れ様ですorz。

がっつりと手応えのある重いタイトル&美しく切ない目次(お題)をいただいての挑戦だったので、「生半可なモノは書けない。容赦ないぶつかり合いを描かねば」と意気込んでおりました。意気込みすぎて途中ちょっと挫折しかかったりも致しましたが(汗。
なんとか形になり、感想を頂けたことを、本当に嬉しく思います。ありがとうございましたorz。
2011/04/16 【須藤安寿】 URL #- 

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