安寿の本棚

□ 陵辱涙 猫科の愛玩動物 (完結) □

2 光もあらぬ




陵辱涙2 表紙

第二章 光もあらぬ




 神代の表情に圧倒されて、義也は言葉を発する事もできなかった。石榴文様の布が張られた歪な椅子をじっと見下ろしていただけだ。
 そこに座れと促されているわけではないのだろう。それが不気味だった。義也をその椅子の前に押しやったのは、ただその布のうんちくを語りたかったからだ。
 神代にとっては義也に椅子を選ばせることも重要な性の行為のプロセスなのだろう。
 だが……。
(選べるわけ……ねえじゃん)
 義也にとってはそれが本音だった。
 どれもこれも、そこに座らされる者の人間としての尊厳を根底から無視した椅子だ。恥ずかしげもなく足を開き、性器を無防備にせり出す姿勢を強要するための形。こんなものをこれ見よがしに並べて、好きに選べなどと言う神経が、すでにまともではない。
「選べないのかい?」
 その義也を見て、神代はかすかに笑ったようにも感じられた。
 満足している。
 そうとも思える口調だった。
「……選べないなら、そう言ってもいいんだよ。“お望みの椅子に座ります”と言えれば及第点かな。どうせきみはこの先も、自分の上に跨る男を選べるわけじゃないからね」
 神代の口調は穏やかなままだった。
 義也がちょっとでも反抗的な態度を見せると声の限りに恫喝し、情け容赦ない暴行を加えたあの男たちとは全く違う印象だ。
 そのことが意外でもあった。
 そして同時に、神代が本当に男との行為や嗜虐的な性の形を好む性癖の持ち主なのだと実感してもいる。
「……まだるっこしいね」
 思わずそう言葉が漏れた。
(こいつ、怒らせないほうがいい)
 そう思ってもいたが、どこへ辿りつくかも分からぬまま延々と続く話に付き合うのは苦痛だった。
「……あのヤー公たち、あんたのことを調教師だって言ってたよ。俺はあんたにあれこれエロいこと仕込まれて、どっかに売り飛ばされるんだって……。さっさとヤればいいじゃないか。あいつらみたいに殴ったり蹴ったりして――をぶち込めばいい」
 精一杯虚勢を張っていたが、声は震えている。
(ホントにキレたら、きっと、こういうヤツのほうが怖いんだろうな)
 そんな思いが沸き上がってきて、胃の底が震えた。
 だが心のどこかでは、神代がぶち切れて襲いかかってくればいいとも思っている。
(そうすれば、きっと何かが終わってくれるから)
 そういう予感があった。
 何をされるにせよ、義也はそれを受け入れればいいだけだ。どんな暴行だって永遠に続くことはない。いずれは飽きるか、諦める。それをただ待てばいい。受け入れきれないなら……死ぬだけだ。
 ――もうそんなことはどうでも良かった。
「そういうやり方が好きかい?」
 だが、神代はまだのらりくらりと言葉遊びを続けるつもりらしい。義也が苛立っているのさえ、愉しみのうちだと言い出しかねない雰囲気だ。
「好きも嫌いもねえだろ。厭だっつったら、やめてくれんのかよ?」
 体いっぱいに溢れかえっている嫌悪感のままに、そう吐き捨てる。そのときもまだ、義也は石榴の文様を見下ろしたままだった。

 そもそも半月前まで、義也には性の経験といえそうなものは自慰しかなかった。
 それでも、自分が女よりも男に欲情すること……男にヤられることを想像して興奮する性癖であることには、ずいぶん前から気づいていた。
 見知らぬ男に声をかけられたり、尻を撫でられるようになったのは、そういう性癖に気づくよりもさらに以前のことだ。
(俺……何か、そういう男を引き寄せる匂いみたいなものを発しているのかもしれない。別にゲイだって看板を下げて歩いているわけでもないのに、男に目をつけられるのは、そのせいだ)
 否応なく男たちの性の関心をかきたててしまう。その原因は、自分にあるのだろうと苦く覚ってもいた。だが、だからと言って何ができたわけでもなく、助けを求めなければいけない何かがあったわけでもない。
 ある日突然、ヤクザの事務所に連れて行かれ、服を毟り取られて転がされるまでは、義也はその辺にいくらでもいる、ただの平凡な小僧だったのだ。“男とヤる”というのが、具体的にどんなことなのかもはっきりとは分かってはいなかった。
 そして半月のあいだ、あの男たちに小突き回されたことで何かが分かったというわけでもない。性の行為も暴力も大した違いはないと思い知っただけだ。
『イイのか? ええっ、イイんだろうが?』
 男たちは突き上げるたびにそう繰り返した。
 だが、快感などあるわけもなかった。
 それでも男たちは、いずれ義也がその暴力的な性の行為に溺れて、淫らにそれを求めるようになると本気で期待していたらしい。
(馬鹿馬鹿しい……)
 そう笑いたい気分だった。性の武勇伝で自らの男らしさを誇示しようとする下らない連中。自慢する通りに女も男も見境なく泣かせてきたのだろう。それなのに、なぜそんな夢物語を信じられるのか。
 理解できなかった。
 義也は体を疼かせるどころか、昼夜を問わず繰り返される行為に困憊しきって、勃つことさえなかったのに。
 そして、いつまでも痛がるばかりで媚態を見せることのない義也に、男たちは苛立ちを募らせた。
『神代のところにやって、ひと月も仕込ませりゃ、このクソガキだって少しは上手に咥えられるようになるさ。あんあん喘いで、おっきいのが欲しいって可愛くおねだりするようにな』
 義也の体を一番気に入っていたのは、他の連中に兄貴とか代行とか呼ばれていた男だ。神代に義也を売ることを決めたのもその男だった。
『――そのあとで買い戻してやってもいいんだぜ? 神代の“猫”はおまえの親がした借金なんか問題にならないくらいの値段がつくが……おまえの面と体なら、変態の爺いどもをいくらでもたらしこめるだろうからな』
 あのときでさえ、男は義也が泣き出すのを待っているようだった。もしかしたら、義也が自分に好意を持っていると誤解していたのかもしれない。
『どこへもやらないで。いい子にするから、俺をここに置いて?』
 義也がそんな言葉を口にして足元にすがりついてくると……疑いもなく信じているように見えた。
(馬鹿じゃねえの。俺はいつだって、今も、おまえの顔に唾を吐きかけてやりたくてたまらないのに……)

「きみのビデオも見たよ」
 神代はそう言って、座れと命じるように義也の肩においた手に力を込めた。
 どうやら義也に椅子を選ばせるのはやめて、目の前にある石榴文様の椅子を使うことに決めたらしい。
 すでに椅子の背もたれは、ゆったりと背を預けて座れるような角度にリクライニングされていた。
 足を載せる台が鏡に向かってV字に開き、そこから黒革のベルトがだらりと下がっている。そのあまりにも露骨な形状が張り地の優美な文様とそぐわない印象だ。
 全体的にはマッサージチェアを思わせる形状だったが、座面はえぐり取られたように中心部が抜け落ち、まるっきり便座そのものだ。
 肘掛けもない。その代わりにヘッドレストのさらに上に、革手錠が取り付けられていた。おまえの腕の置き場はここだ。そう主張しているように見える。
 それを見て、義也は足が竦むのを感じた。
 それでもさらに強く促されて、仕方なくのろのろと椅子の縁に腰をおろす。
「……っ」
 舌打ちせずにいはいられなかった。おとなしく鏡の方を向いてやるつもりなど、毛頭ない。この椅子の設計者や神代が望んでいるのはもっと別の姿勢だと分かっている。だが、そんなことはくそくらえだ。
「あの連中に抱かれているときのきみは、とても可愛かったね。きみも……感じていたのかい?」
 神代は義也の前に立ち、撫でるような静かな動きで義也のシャツのボタンをはずしはじめた。
「あんなんで、感じるわけねえだろ」
 腹立ち紛れにそう言い放つ。
「そう……?」
 神代はそう言って完全に義也のシャツを脱がせ、床に落とした。まだ唾液と精液で汚されたままの肌。そこに残された暴行の痕跡にも眉ひとつ動かさない。
「ん……ぁっ」
 不意に胸元に残された歯型に触れられて、義也は眉を寄せた。触られると今も酷く痛む。あの男たちは繰り返しそこをつねったり歯を立てたりして愉しんでいたのだ。
 そして義也が痛がって身を捩るたびに、
『ここが好きか?』
 ……と、繰り返した。
 たぶん、神代も同じなのだろう。あの若いヤクザが神代を気取り屋だと言っていたのを思い出す。あいつらの言葉に頷きたい気持ちになったのは初めてだ。
(こいつだって、ヤー公どもと何も変わらない。それなのに、上品ぶりやがって……)
 義也もまた、そう言い放ちたい心地だった。
 だが、神代の手はあの男たちのように乱暴ではなかった。義也の疵を、ただそっと撫でただけだ。
「こんなにされたんじゃ、痛いばかりだっただろうね。可哀想に……」
 そう言って、義也の体を抱きしめる。
 柔軟剤のいい匂いのする、柔らかな乾いた布地。その感触を久しぶりに味わったという気がした。
「あ……」
 どきり……とした。こんな心地良い清潔さとは、もう永遠に無縁だろうと思っていたから。
「こわがらなくていいよ、力づくできみを従わせるつもりはない。きみを泣かせたりはしないから」
 神代はそう言って、まるで猫を可愛がるように義也の髪を撫でた。囁く声が、耳を蕩かすように甘い。
「厭だ、やめてくれと泣きながらあの連中の相手をしていたんだね? 辛かっただろう。大丈夫だよ。そういうやり方を好む男も少なくないが、私は違う。……私は、きみに一番いやらしくて気持ちよくなれることをおねだりされて、その望みを叶えてあげたいんだ。“男たちに犯されるぼくを見て”って……そんなふうにせがまれたいんだよ」
 右から左へすり抜けていくように、その甘い囁きが耳朶をくすぐり続けている。
 言葉の意味をはっきりとらえることができぬまま、義也はただその心地良さに酔っていた。




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Date:2011/03/25
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UserTag: BL小説  18禁  須藤安寿 
Thema:自作BL連載小説
Janre:小説・文学

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