安寿の本棚

□ 剛&卯月 □

剛&卯月2

「今日はこの辺にしとくか。おまえも疲れただろ」
 剛はそう言って、デッサンをしていたスケッチブックを置いた。
 ずっと根を詰めて描いていたから肩や首がこわばっているのだろう。それをほぐすように大きく首を左右に傾けたとき、ばきり、と鈍い音がした。
 それを卯月は、まだポーズを取ったままでぼんやりと眺めていた。
 革張りの古めかしい肘掛け椅子の上に全裸で横たわったまま、自分がどう行動すべきなのかを見失っていたような気もする。
 気を失っていたわけではない。
 意識がふわりと浮き上がって、体とは別の場所にあるのだと錯覚する……そんな奇妙な感覚。
 描かれているあいだずっと、目覚めたままで眠りの中を漂う心地をずっと味わっていたのだ。それを、いまさらのように自覚する。
 剛がじっとまなざしを注ぐこの裸体に留まっていることが、たまらなく気恥ずかしかった。自分の体がこの椅子の一部になって、意識などない、ただ眺められるだけの存在になってしまえばいいと感じていた。
「おい、大丈夫か?」
 歩み寄ってきた剛がそっと肩に手をかける。
 かすかに体が震えたけれど、それでもまだ卯月は動くことができなかった。
 一週間前、最初にこの部屋を訪れたときの陶酔が蘇ってきたような気がして、急に気恥ずかしくなる。今……自分は、いかにも物欲しげにあのときと同じ行為をねだる顔をしているのだろう。
 見下ろす剛の表情の変化から、卯月はそう覚っていた。
(顔……だけじゃないのかも)
 今や剛はその吐息が頬に触れるほど卯月の間近にいる。剛の体から発せられる熱の気配に、意識が朦朧とする。
(描かれている時よりも……俺、硬くしてる……)
 痺れたように体が動かない。
 それはずっと同じ姿勢を続けていたから……の、はずだ。でも何か、もっと深い意味があるはずだと卯月の意識は答えを求めている。もっと甘くて、深い……意味。
「ポーズ取ってんのが辛いなら、動けなくなる前にさっさと泣き言を言え。やせ我慢しやがって」
 卯月を見下ろして剛は小さく笑った。
 剛の首筋にある喉の突起が揺れる。唾を飲み下すその動作が、ヤリたい、と言っているように感じられて、卯月は小さく喘ぎを漏らしていた。
「ご……ごめ……なさ……。すごく真剣に描いていたから……邪魔しちゃいけない……って、思って……」
 ようやく口にした声も、すっかりかすれていた。
「好きなのか、こういうの。イかせてもらえずに、見られてるのが……」
 剛が言った。
 それは疑問文の形を取っているのに、少しもそんな印象を感じさせなかった。どちらかと言えば、命じられたような気がする。
 見られるのが好きだって、言えよ。
 もっと〈俺に〉見られたいって、言え。
 見下ろす剛の視線が、言葉より強くそう語っているせいだ。
「好き……かどうかは分からない。でもすごく……」
 言いかけて卯月は口ごもった。
 続く言葉は確かに形になっていたはずなのに、どうしても口から出てこない。
「すごく、なんだよ?」
「その……」
「感じたんだろ」
「違うよ……そうじゃなくて……」
「焦れったい奴だな、ちゃんと言えよ」
「そ……その……なんていうか、厭……だったんだ」
「厭って……俺に見られるのが厭なのか?」
 ぴくり、と剛の表情が強張った。
「……それも……違う……ええと……それが厭だっていうんじゃなく……」
「じゃあ、何が厭なんだ」
 慌てて取り繕ったが、剛の口調が、少し苛立っているように感じられた。まだ頭がぼぅっとしていて、自分が何を言っているのかもよく分からない。
 なんだか、泣きたい気分だ。
「み……見られる……だけじゃ、足りない……。そんな気がして……。そう思っちゃうことが……すごく……厭……だったんだ」
「要するに、俺とヤりたくなったんだろ。さっさとそう言やぁいいんだ」
 まるで卯月が焦れてそう口走るのを待っていたとでも言いたげな口調だった。
 さっきまで卯月に注がれていた視線はただデッサンをするためのものだったくせに。ただモデルとしての裸体を見る……それだけのものだったはずなのに。
 そう、あの視線に見つめられていたのは、卯月ではなく、ただの裸体なのだ。
 卯月はまるで自分そのものが見つめられているような心地になって陶酔し、勝手にのぼりつめそうになっていた。それなのに剛はそれを、さも自分の手柄のように感じている。そう、ありありと表情に出ていた。それが癪でたまらない。
「ポーズとると、おまえ別人みたいになるもんな。他のヤツの前で脱ぐときも、そうなのか?」
「……つ、剛さん以外に、俺のこと描こうなんて物好き……いないよ。きちんとモデルをやるのも……初めてだし」
 裸体モデルの話をしているはずなのに、なんだかセックスの話をされているような気がしてくる。見境なく欲しがる淫らな性質(たち)だと言われたような心地。剛の言う“他のヤツ”は、多分、男を指しているのだろう。その語調には女の気配を感じ取る要素は何もなかった。
「お……俺……別に、ゲイってわけじゃ……ないし……」
「へえ……。じゃあ、俺だけに感じて硬くしてるのか? そりゃ光栄だ」
 そう言うなり、剛は卯月の足のあいだに膝を割りこませた。
「おまえを描いてるって言ったら、みんな羨ましがってたぜ。抜けがけしやがってって、教授まで文句たらたらだった。……きっとみんな、おまえはもう俺に突っ込まれたって思ってるだろうな」
 剛は嬲るように言って、さもおかしそうに笑った。
 そんな話は初耳だった。
 先輩たちの飲み会に誘われたことは何度かあったし、教授が同席したこともある。だがいつも卯月は他の一年生と一緒に隅で小さくなっていただけだ。とりたてて特別な扱いを受けたという記憶もない。
「抜けがけって……。剛さん、そういう見栄が張りたくて俺にちょっかい出してるの?」
 卯月は少し面白くない気分だった。
 飲み会で性的な話題が出るのは珍しいことではなかったが、その槍玉に上げられるなんてまっぴらだ。上級生のあいだで『卯月はモデルのバイト料で手軽にヤれる』などと噂が立つなんて、考えただけでも身震いする。
「……俺、先輩たちに寄ってたかっておもちゃにされたいなんて思ってないから」
 卯月は言った。
 ゆるゆると体を撫でている剛の手を振り払いたくなってくる。
「見栄を張りたいだけなら、先週、あのままヤッてたよ。おまえのここを撫でてやっただけなんて他の連中に知られたら、俺はいい笑いものだ」
 剛はそう言って、いきなり卯月の下腹の昂ぶりを掴んだ
「ん……っ」
 その行動を、全く予感していなかったといえば嘘になる。ずっと、待っていたような気もした。剛が筆を止めてもまだ無防備に裸体をさらしていたのが、こうして欲しかったからなのだとさえ思えてくる。
「あぁ……っ、やだ……そこは……」
 じわり、と先端に滲んでくる先走りを剛の指先が探る。それが……信じられないほどの快感を呼び起こす。堪えきれずに卯月は声を上げていた。自分でも信じられないくらい、甘ったるくていやらしい声だ。
「厭なのか? 気持ちよくて堪らないって顔してるくせに」
「……だって……イッちゃうよ。こんなの……我慢出来ない……」
「いいぜ、見ててやるから、イけよ。イくところを見せたいんだろ」
「ぃ……厭だよ。俺だけそんな……」
「じゃあ、俺のを咥え込んでイくか? 俺のに触ることもできないんだろ、おまえ」
 先週のことを言われているのだとすぐに分かった。
 卯月の体の上で剛が自慰をしたときのこと。
 あれで剛を満足させられたなどとは、卯月だって考えてはいない。あのとき、卯月はただ転がって剛を見上げていることしかできなかったのだから……。
(ただ男に生まれついたってだけじゃない。この人は〈牡〉……なんだ。俺とは……違う)
 あのときに、卯月はそう感じていた。
 その印象や体つきと同じように、下腹の剛直も息を飲むほどに逞しかった。興奮のままにその昂ぶりを扱く手つきの荒々しさにも、卯月はぞくぞくと体が震えるのを感じていた。
 触れることは赦されないような気がしていた。
 それが匂いなのか、気配なのかは分からなかったが、圧倒的な存在感を持つ何かが剛を取り巻いていた。描いている時と同じように、他者を受け入れることのない剛だけの世界が、そこにあるように感じられていたのだ。
「……触っても……いいの?」
「あぁ? なんだそりゃ」
「触れって言われなかったから……ダメなのかと思ってた……。怖くて……自分からは言い出せなかったんだ」
「怖い……だぁ? ふざけんなよ。あんなに優しくしてやったのに」
 苛立ちが頂点に達した……とでもいうように、剛が馬乗りになって卯月の肩を掴んだ。
 指先が喰い込むほどの強い力。
 内腿の肌がすりむけそうな乱暴さで押し付けられたジーンズの中で、剛自身が窮屈そうに昂ぶっているのが分かる。
「ごめ……ごめんなさい。でも、怖いんだ……すごく、今も怖い。俺……剛さんを興奮させたくて堪らない。何されてもいいって……そんな気がしてくる……それが……怖いんだ。だって、俺、男とヤるなんて想像したこともなかったし……今だって想像できない。だから……」
 なんとか剛の苛立ちを鎮めたい。
 そう思っているのに、気持ちが空回りするばかりだった。
 そして卯月が弁解がましく言葉を並べれば並べるほど、剛の眉間の皺は険しくなる一方だ。
「俺だって別にゲイじゃないんだよ。ただ、おまえがそういう……縋るような顔で見上げて、エロい声を出すと……何か……もうどうにもならなくなるんだ。口でもケツでもいいからぶち込ませろって、そういう…………」
 勢い込んでまくし立てていた言葉が、不意に力を失う。
 剛の体が、鈍く震えたようにも感じられた。
「くっそ……!」
 剛がそう忌々しげにつぶやく。
 その表情を見上げて、剛が堪えきれずにジーンズの中で達したのだと気づいた。
 ……が、どうすればいいのかなんて分かるわけもなかった。何を言っても角が立ちそうだし、かと言って、多分、何も言わずにスルーできる状況でもないだろう。
 一瞬の、気まずい沈黙。
「あ……あの……」
 ようやくそう声を絞り出した。
 でもやはり、言うべき言葉は何も見つからなかった。
「……くっそ……ぅっ」
 再びそう、同じ言葉が繰り返される。
 剛もまた言うべき言葉が見つからないのだろう。
「え……ええと……剛さん、だ、大丈夫?」
「ダメに決まってるだろ。再起不能だ。……おい、そんな顔すんなよ。このまま二度と勃たねえって気になってくる。口ごもるくらいなら、いっそ笑いとばせ、馬鹿野郎が」
 力を抜いた剛の体の重み。
 もうその口調に苛立ちは感じられず、どちらかと言えば投げやりに聞こえた。そうして苛立ちをぶつけるように悪態を吐き続けている剛の頭に、卯月は無意識のうちに手を伸ばしていた。まるで小さな子供の頭を撫でてやるように、その髪の上に指を滑らせる。
「……何のつもりだ、おい」
 まだ眉の間には深い溝が刻まれたままだったし、不機嫌そのもの……という声音ではあったけれど、剛は卯月の手を振り払おうとはしなかった。
 それをまんざらでもないと受け取っているようにも見える。
「俺が……その……な……舐めたら……勃つ?」
 その卯月の言葉に、剛の体がまた鈍く震えた。表情が凍りついたように固まっている。
 驚きのあまり見開かれた目でじっと見つめられて、卯月はとんでもないことを口走ってしまったのだと自覚する。
「舐めてくれんのか?」
 そう心底嬉しそうに言って、がばっとばかりに体を起こしたときには、もう剛の手は自分のジーンズの前ボタンに掛かっていた。
 卯月は自分の口走った淫らな言葉に、赤面する暇さえない。
「な、何が再起不能だよっ! こんなにガッチガチにしてるくせにっ! って……え、ちょ、ちょっ……ま……待ってよ! そんないきなり……」
 考えるよりも早く、体が逃げていた。
 力づくで抑えこまれたときには本気で怖くなった。無理やり口に突っ込まれるのではないか……とさえ思ったほどだ。
 闇雲に暴れたせいで危うく椅子から転がり落ちそうになって、剛の腕に抱きとめられる。
 何が何だか分からないうちに、唇をふさがれていた。
 目の前が真っ暗になって、呼吸さえおぼつかない。
「あ……ぁん……っ」
 その息苦しさの中で、卯月は喉の奥にそう喘ぎをわだかまらせて達していた。その瞬間まで、それがキスなのだとは気付かなかった。
「キスでイッたのか? それとも……無理やり突っ込まれたと思ったせいか?」
 かすかに剛が笑ったような気がした。
 腹も立っていたが、それでも……少し安心したような気がする。欲望に任せて後先考えずに無茶をするほど、剛は非道ではない。そのことに、安心した。
 溢れてくる涙でぐちゃぐちゃになった卯月の顔にぺろりと舌を這わせて、もう一度……優しく抱きしめてくれる。
 その腕の感触に、どきりと胸が高鳴った。
「……キス……ってことにしといて……」
 声が震える。
 全部見抜かれているのだと思うと、恥ずかしくて顔を上げることもできなかった。
「いちいち可愛いよな、おまえ……」
 そう言って、剛はまた唇を重ねた。
 今度は軽く……ついばむようなキスだ。
「ごめん……」
「……何がだ?」
「だって……物足りないでしょ、剛さんは……ホントは、もっと……したい……ん、でしょ?」
「そりゃまあ、できるってんならヤりたいけど、おまえ、いきなりフルコースは無理だろ」
「……よく分からないけど……多分……」
「俺も、男とヤるときのお作法とかよく知らねえし。いいんじゃねえの、手探りで、ちょっとずつでも……」
 卯月の額を軽く小突く。
 その表情は、もう穏やかだ。
「うん……」
 頷いて、卯月は自分から剛の首に手を回した。顔を剛の体に押し付けて、小さく囁く。
「……イくとき……気持よかった」
 かすかに声になってはいたけれど、剛には聞こえなかったかもしれない。
 でも、それでもいい。
 気持ちは……多分、伝わっていると思うから……。




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Date:2013/01/01
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Thema:自作BL小説
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