安寿の本棚

□ 罪の書 青の記憶を綴って □

2 暗号筆記者

 午前二時、朝課の時間だった。
 時を告げる鐘の音を聞いたような気がして、私は反射的に飛び起きていた。
 土間に敷いた藁が背中をちくちくと刺している。その感触でアデルバーデンからザンクト・ホルスト修道院へ向かう旅の道中に、森に住む猟師の家の納屋に一夜の宿を借りたのだと、ようやく思い出す。
 鐘の音など、聞こえていたはずはなかった。

「感心だな。――若い修道士には、朝課は厄介な勤めだろうに……」

 目覚めたばかりで、まだぼんやりと闇を見つめている私にそう声がかけられた。同行者のジャン師の声だった。
 暗がりの中で、納屋の反対側の壁際に横になっていた師の表情まで伺い知ることはできなかったが、その声には笑いが潜んでいるようにも思えた。

「申し訳ありません、お起こししてしまって……」

「気にするな。私も、おまえ同様に朝課で目覚める癖がついているだけだ。長年の習慣だからな。もっとも、おまえくらいの年ごろには習慣が根付かずに苦労したものだが……」

 そう言って、師はまた笑みを漏らされた。修道士としてのたしなみか、それとも患った胸を庇っておられるのか、力ない小さな笑いだった。
 馬を使うことを特別に許されてはいたが、病を患っておられる老人の体には旅は過酷なものであるはずだ。だが師の張りのある声には、老いも、病も、睡魔の存在さえ、ほとんど感じ取ることができなかった。

「多分、私にはより多くの祈りが必要だから……」

 闇が肌に押し迫るような暗がりだった。私はその闇の中での会話に少しばかり臆していたのだが、ほとんど視力を失っておられる師には、それも気にならないのだろう。
 その暗がりの向こうで、ジャン師がごそりと体を起こす気配があった。

「まるで罪人の告白だな。何をそんなに恐れている? ――小さきジャン、物静かな弟よ。悩みがあるのならこの暗闇のなかで吐き出してしまうがいい」

 私のことを、師はいつもそう呼んでくださった。
 小さきジャン、と。
 そんな風に呼ばれるのは、私にとっては生まれて初めてのことだった。師と出会うまでの私は単に、ヤン、と呼ばれるか、あるいは、おい、と小突かれるように呼ばれるかのどちらかだった。どちらで呼ばれても……それほど大した違いはない。
 フランス式の発音で名を呼ばれることに馴染んでいるとは言い難かったが、私にそう呼びかけられるときの師の声には、真摯な人柄が表れているように思えて心地良かった。
 ありふれた名ではあったが、同名のよしみという気持ちを私に持っておられたのかもしれない。アデルバーデンでも、師は何くれと私に目をかけてくださった。

 暗号筆記者の存在を疎ましく思い始めた司教が私をお払い箱にしようと思い立ったとき、ジャン師が最後の仕事として『罪の書』の編纂を提案してくださなければ、私の帰還はもっと惨めなものになっていたに違いない。
 視力を失う以前にアデルバーデン大聖堂付属の修道院で文書の管理を勤められたジャン師は、ハレルヤの暗号の存在を知る数少ないひとりだった。暗号の筆記や解読については何もご存知ではなかったが、長く続いた伝統が司教の気まぐれで消えて行くことにひどく心を痛めておられたようだった。

 かくして私はジャン師とともにザンクト・ホルストに戻り、師の指導のもとで『罪の書』の筆記をハレルヤの暗号で行うことになったのだ。
 それがどんな内容なのかは、師は司教にさえ詳細を明かされなかった。修道院内部での同性愛に関わる異端の告発とその処罰についての手引きとなるもので、ジャン師の死によってその知識が失われることは避けねばならないが、内容が内容だけに容易に人目にさらされるような文書として残すわけにもいかない。そこで、ハレルヤの暗号で文書を残すこととしたい……そういう話であったようだ。
 ジャン師はアデルバーデン大聖堂付属修道院の写字室ではなく、その内容が外部に漏れる心配の少ないザンクト・ホルスト修道院の写字室で作業を進めてはどうかとも提案なさった。私が厄介払いをされてアデルバーデンから追放されるのではなく、司教づき暗号筆記者の役割を担ったままザンクト・ホルストに帰ることができるようにというお計らいだったのだろう。

「悩みなど……」

「ザンクト・ホルストはおまえが育った修道院だと聞いている。だが、そういう場所に帰るにしてはおまえはひどく心細気だ。これは、私の勘違いかな?」

「いいえ……たぶん、お気づきの通りです。私は、あのまま一生、アデルバーデンの大聖堂に筆記者として勤めるものと思っておりましたから……。暗号筆記者でなくなっても、ギリシャ語の翻訳の仕事ならさせていただけるのでは……と」

「アデルバーデンを離れることが、それほど名残惜しいというようには見えんな。まさか司教のヴァイスバッハが恋しいとでも? そうではなかろう、おまえはザンクト・ホルストに帰ることを恐れているのではないのか? いったいザンクト・ホルストに何があるというのだ」

「……」

 答えることはできなかった。
 ヴァイスバッハと私の関係を勘ぐる下卑た噂を、ジャン師もまた耳にされたのだろう。
 その恥辱に苦々しさが沸き上がってくる。
 万事に贅を凝らした優雅さを好むヴァイスバッハが、暗号を綴るより他に能のない一介の修道士など相手にするとも思えないが、その噂は、アデルバーデンでの私の生活にずっとつきまとっていたのだ。

「告白を強要したいわけではないのだ、小さきジャン。……言えぬのなら、もう眠るがいい。夜明けまでもう一眠りできるだろう」

 いたわるような声。
 師はそれきり私に声をかけようとはなさらなかったが、体を横たえる気配もまた感じ取ることはできなかった。
 私の告白を、待っておられたのかもしれない。
 アデルバーデンに行く以前にザンクト・ホルストで私が犯した罪。私の肌に棲む悪魔の半身と、サローの褐色の肌に棲む悪魔の半身とが、その断ち切り難い絆を確かめ合うように寄り添い、貪りあったあの一夜の罪の告白を……。



 余りにも多くの時間を、暗号とともにあり過ぎたせいかもしれない。
 私はしばしば、ごく当たり前のラテン語の文章を綴るときに、暗号を綴る時ほど言葉と文字との密接なつながりを実感することができずに戸惑うことがある。そして、平素の会話に使うドイツ語で自らの心の内を語るのは……さらに不得意だった。

 私は幼いころに両親を失ってザンクト・ホルスト修道院で育った。暗号の筆記は、ラテン語や初歩的なギリシア語と同様に修道院の写字室で習い覚えたものだ。
 その暗号は、最初期に使われた解読のキーワードにちなんで『Hallelujah(ハレルヤ・主をほめたたえよの意)』と呼ばれていた。
 暗号筆記の伝統は、アデルバーデンの北に位置する小麦畑と葡萄園を含む領地や、かつては砦としても使われたことのある堅牢な建造物とともに、ザンクト・ホルスト修道院にもたらされたものだ。
 十字軍の時代、そこには華やかな修道騎士団の本部が置かれ、聖地巡礼の警護を行なうために貴族の子弟が集まっていたのだという。暗号筆記の伝統を作り出したのはその修道騎士たちであったらしい。詳しい経緯を耳にしたことはないが、おそらくは遠隔地に赴任した仲間と秘密裡に連絡を取り合うために必要とされたものだったのだろう。
 ザンクト・ホルスト修道院は清貧と労働を重んじる峻厳な会則を持つベネディクト派の修道会で、先に述べた修道騎士団とは、その成立の経緯も、目指すべき理想もまったく違っていたが、ハレルヤの暗号は百二十年のあいだ失われることなく守り続けられてきたのだ。

 ――私はおそらくその最後の筆記者となる。

 ザンクト・ホルスト修道院には十分の一税に加えて、司教が修道院の敷地内にある森で無制限に狩りを行うことを容認し、修道院で製造されるワインの収益の五分の一を司教に献じること、そしてアデルバーデンの大聖堂への暗号筆記者の派遣とその育成を行うことが義務付けられていた。
 修道騎士団の解散後、無人のまま司教の管理下に置かれた領地と建造物とを譲渡する条件としては、司教にとっても修道会にとっても悪くない取引だっただろう。すでに実用の機会などないに等しいハレルヤの暗号が、失われることなくザンクト・ホルストで受け継がれてきたのは、そうした背景を持ってのことだった。



 私はアデルバーデンの司教であるヴァイスバッハのもとで、大聖堂づきの暗号筆記係修道僧として十八歳から二十二歳までの四年間を過ごしていた。それは私の本来の役割であった暗号筆記者としても、司教づきの口述筆記者・写字生という表向きの役職から考えても、ありえないほどの若さだった。
 大聖堂を訪れる裕福な商人の娘たちをことあるごとに自室に引き入れているヴァイスバッハが、それだけでは飽き足らずに若い修道士の尻を可愛がっているという噂が立つには、充分すぎるほどに奇異な状況だったのだろう。

「司教様がお呼びです。ハレルヤを綴るように……と」

 私が大聖堂付属修道院の写字室で仕事(たいていはギリシャ語の文献をラテン語に翻訳する仕事だった)をしていると、ヴァイスバッハの小姓が私にそう命じる。
 十日に一度くらいの割合で、私はそんな風に司教に呼び出されていた。何らかの文書を暗号で綴れという意味で、暗号やその筆記者が、決してその存在を明らかにしないための符丁だった。
 それは、傍で聞いている者には、情事をほのめかす誘いの言葉と思えるものだったのかもしれない。
 多くの場合、大聖堂への派遣を命じられるのは年配の筆記者だった。
 司教のもとで暗号の文書を作成するとなれば、その内容は概ね、世間に広まったり、人に聞かれることを避けねばならぬ重要な秘密であったからだ。暗号の扱い熟練していなければならなかったし、死期の見えた老人に筆記を任せれば秘密が外に漏れることを心配する時間は短くて済む。
 だが、私の前任者であった筆記者(私に暗号の筆記を教えたのもこの人物だ)が老衰のためにアデルバーデンで亡くなったとき、ザンクト・ホルスト修道院には、もう私以外に暗号筆記者は残ってはいなかった。誓願から数年にしかならないひょっこの私がアデルバーデンの大聖堂に派遣されたのは、そういう理由だった。



 かつては三十名もの写字生と十八名の絵師を抱えていたことがあるというザンクト・ホルスト修道院の写本工房も、もはや見る影もなく衰退しきっていた。
 写本製作の仕事はすでに市井の写本工房で行われることが常となり、修道院に仕事を依頼する者は少なくなっていた。修道院の主要な収入はとうの昔に葡萄園の収穫にとって代わられ、細々と続けられていた写本製作は、暗号筆記者を育成するための目くらましに過ぎぬものに成り果てていたのだ。
 四年前、私が己の罪から逃げるようにアデルバーデンに旅立った時、ザンクト・ホルストの写字室に残ったのは絵師のサローただひとりだった。

(サローは今も、その写字室で聖書の挿絵を描き続けているのだろうか……)

 ぼんやりと眠りに落ちて行きながら、私はそんなことを考えていた。
 アデルバーデンで過ごした四年間の間に、ザンクト・ホルストからは手紙の一通さえ届かず、辺鄙な修道院の噂は何も聞こえてはこなかった。が、それでも、サローが死にでもしない限り、あの写字室から解放されることはないのだろうと思えた。
 修道院長は決してサローを手放すまい。
 サローの描く美しい絵は、衰退しきったザンクト・ホルスト修道院の写本工房が注文をつなぎとめる最後の頼みの綱なのだから。
 褐色の肌をした形ばかりの改宗者であったサローが、何年も礼拝にも出ず、告解もせずに修道士としてザンクト・ホルストに置かれていたのは……そのためだった。
 私はサローのことを想い、サローの描いた聖母マリアの姿を想い、そして、数少ない手回り品をまとめた荷物の中に忍ばせた松ぼっくりのことを想った。鼻腔にかすかにサローの匂いが蘇ってくるのを感じたようにさえ思う。
 四年前にアデルバーデンに向かう旅の途中、私は森の中で野宿をするときにはいつもお守りのようにその松ぼっくりを抱いていた。アデルバーデンの大聖堂付属修道院の僧房でも、そうして眠ったことがいくどもある。
 サローから、そして己の罪から逃れるようにザンクト・ホルストをあとにした私だったが、結局のところ何を振り捨てることもできず、逃げきることもできなかったのだという気がする。
 ザンクト・ホルストに帰ることをこんなにも恐れているのは……そのせいだ。
 間近にジャン師のいる今、荷物を探って松ぼっくりを取り出そうなどという気持ちにはならなかったが、私はその感触がたまらなく恋しかった。




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Date:2011/03/27
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UserTag: BL小説  18禁  須藤安寿 
Thema:自作BL連載小説
Janre:小説・文学

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